高校1年生のとき、柔道部の見学に行った。
ただ見学するつもりだった。
すると、いきなり顧問の先生に言われた。
「お前は俺のクラスやな。名前書け。」
その場で、柔道部への入部が決まった 笑。
これが、O先生との出会いだった。
O先生は柔道部の顧問で、見るからにただ者ではない雰囲気を持った先生だった。
一言で言うなら、破天荒(はてんこう)。
まるで漫画の中から飛び出してきたような、昭和の熱血柔道教師だった。
O先生にまつわる伝説のエピソードは、今も語り継がれている。
真偽のほどは定かではないが、スクールバスに絡んできた「やんちゃな方」を、生徒を守るためにボコにしたという話。
職員室で生徒に愛の鞭(むち)を食らわせ、その生徒が空中に浮いているように見えるほどの往復ビンタを目撃した、という話。
何十年も前の話だが、今の基準で考えれば、コンプライアンスが心配になるエピソードばかりだ😅。
◇
でも、今でも一番忘れられないのは、高校3年生のときの出来事だ。
ある日、O先生から、
「お前に、私立大学への推薦を出してやる」
と言われた。
正直、自分が行きたいと思っていた学部だったので、「ラッキー!」と思った。
ところが、推薦で合格した途端、先生の態度が変わった。
「俺は認めん」
と言い出したのだ。
当時の私には、意味がわからなかった。
「なんなんだ、この先生は」
そう思って反発した。
でも、自分が大人になってから、ようやくその言葉の意味がわかった。
その頃は、まだ進路が決まっていない同級生や、受験を控えている仲間がたくさんいた。
先生は、早い時期に合格した私が浮かれてしまうことで、周囲との間に生まれるかもしれない軋轢(あつれき)を心配していたのではないか。
今では、そう思っている。
「認めん」という強い言葉で、あえて私を諫(いさ)めた。
無茶苦茶に見えた先生の行動の裏には、ちゃんと生徒への思いやりがあった。
言葉では説明してくれなかった。
でも、あのときの先生なりの愛情だったのだと思う。
◇
結局、私は推薦ではなく、
「やったるわい!」
とばかりに奮起した。
そして、アメリカへの留学プログラムが組み込まれた大学の学部を目指し、一般入試で自力合格することができた。
今では、あのとき先生が背中を押してくれたおかげだと思っている。
卒業後も、O先生にはずいぶんお世話になった。
先生のお宅で、柔道部の怖い先輩方に囲まれながら、食事をごちそうになったこともある 笑。
私は、良い生徒でも、良い柔道部員でもなかった。
正直、柔道部の中では少し肩身が狭かった。
それでも先生は、「そんなもん、関係あるかい!」とばかりに、卒業後も変わらず優しく接してくれた。
先生のようになりたいか、と聞かれたら、正直ちょっと違う 笑。
でも、「本当の意味で先生だった人を一人挙げろ」と言われたら、私は迷わずO先生の名前を挙げる。
言葉で教えるのではなく、存在そのもので何かを伝えてくれる人だった。
それが、教育者としての愛情というものなのかもしれない。
今は、そう思っている。
◇
■ 中学生のみなさんへ
当時は意味がわからなかった親や先生の言葉や行動が、何年も経ってから、突然腑(ふ)に落ちることがある。
それは、勉強でも人間関係でも同じだ。
「なぜ、こんなことをするんだろう」
そう思ったとき、すぐに答えが出なくてもいい。
時間が経ってから、ある日突然、その意味がじわりとわかることもある。
そして、もう一つ。
良い生徒でなくても、良い部員でなくても、変わらず接してくれる大人が一人いるだけで、人生はずいぶん違ってくる。
私にとって、O先生はそんな存在だった。
だから今度は、自分が誰かにとって、そんな大人になれたらいいと思っている。
※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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