2012年8月。大阪・難波のとあるビル9階。
大手旅行会社のクラブツーリズムが、関西で初めて開催した宇宙旅行説明会に、一人の若手が参加していた。
お金のない若手だった。
私だ 笑。
◇
■ 本気で宇宙に行くつもりだった
動機はシンプルです。
本気で宇宙に行きたかったから。
ただ、お金がなかっただけです😆
当時、クラブツーリズムが紹介していたのは、ヴァージン・ギャラクティック社による宇宙旅行。
「SpaceShipTwo」という宇宙船に乗り、地上から高高度まで上昇して、短時間の無重力状態を体験するサブオービタル飛行です。
当時の価格は20万~25万ドル程度(2000万円台でした)。
私にとっては、とんでもない金額でした。
でも、
「いつかお金ができたら、行けるんじゃないか?」
と、本気で思っていました。
パイロットから宇宙飛行士へ。
それが、私の子供の頃からの夢だったからです。
会場には、もちろん私よりずっと余裕のありそうな方々がたくさんいました。
「この若手、何しに来たんだ?」
と思われていたかもしれません😅。
でも、私はいたって本気でした。
◇
■ あれから、もう14年
パイロットになる夢は叶いませんでした。
そして、宇宙旅行もまだ実現していません。
でも、夢そのものを諦めたわけではありません。
数年前には、前澤友作さんが企画した月周回プロジェクト「dearMoon」にも応募しました。
英語で書類を作って、ちゃんと応募しました😆
世界249の国・地域から約100万人が応募したそうです。
もちろん、私が選ばれることはありませんでした。
そして、「dearMoon」そのものも2024年に計画中止が発表されました。
それでも、応募したことを後悔していません。
「やらなかった後悔」より、「やってみた経験」のほうが、ずっと大切だと思っているからです。
◇
■ 夢は、カタチを変えて続いていく
振り返ってみると、私の人生は、最初に思い描いた夢とはずいぶん違うものになりました。
パイロットにはなれなかった。
でも、その代わりにアメリカへ渡り、世界を見ました。
消防の仕事では、災害救助の現場にも立ちました。
政治を志し、その最前線を垣間見ることもありました。
そして今は、教育の世界で生きています。
次の世代に何かを伝えたい。
そんな新しい夢も持つようになりました。
考えてみれば、パイロットになれなかったことは、夢の「失敗」だったのでしょうか。
私は、そうは思いません。
一つの夢を追いかけたからこそ、その途中で別の道が見つかりました。
夢は、最初に思い描いた形で実現しなければ意味がないわけではない。
形を変えながら、人生の中で続いていくこともあるのだと思います。
◇
■ 宇宙旅行は、今も私の夢
だから、宇宙旅行は今でも私の夢です。
14年前に説明会へ乗り込んだ塾長は、今もどこかで宇宙へ行く方法を探しています 笑。
もちろん、年齢やお金など、現実的な問題はいろいろあります。
でも、
「もう無理だ」
と自分で決めてしまう必要もないと思っています。
もしかしたら、今とはまったく違う形で宇宙へ行ける時代が来るかもしれない。
そのとき、もし私がまだ元気だったら、ぜひ挑戦してみたい。
宇宙旅行は、私に残された人生の「やりたいこと」の一つです😊
◇
■ 中学生のみなさんへ
今、君が持っている夢を大切にしてください。
もし、
「自分には無理かもしれない」
と思うことがあったら、夢そのものを捨てる前に、少しだけ「カタチ」を変えて考えてみてください。
たとえば、プロのサッカー選手になれなくても、監督やコーチ、スパイクの開発者、スポーツトレーナーなど、サッカーに関わる道はいろいろあります。
ゲームが好きなら、プレイヤーになるだけが道ではありません。
ゲームを作る側、音楽を作る側、絵を描く側、翻訳する側になることもできます。
最初に思い描いた夢と、実際にたどり着く場所は、違っていてもいい。
大切なのは、
「自分は何がしたいんだろう?」
と考えながら、一歩ずつ進んでいくことです。
私自身、14年前に宇宙旅行説明会へ行ったときには、その後、自分がこのブログでみんなに応援メッセージを発信しているなんて想像もしていませんでした😊
でも、あの日の「宇宙に行きたい」という気持ちは、今も消えていません。
夢は、途中で形を変えてもいい。
寄り道してもいい。
誰かに笑われたっていい。
何度でも挑戦していい。
そして、諦めない限り、夢はまだ終わっていません。
いつか宇宙から地球を見ながら、
「あのとき説明会に行っておいてよかったな」
と思えたら最高ですね😊
※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もしこの話が誰かの心に届いたなら、「みとばな」の名前と一緒に紹介していただけると、とても励みになります。

