アメリカ留学から帰国して、およそ1年。就職について考えていた。
最初は外交官を目指していた。試験を受けた。失敗した。
大学院に進んでも公務員試験の勉強は続けていたが、正直、身が入らなかった。なぜかはわからない。ただ、違うなという感覚だけがあった。
■ なんの当てもなく、議員の門を叩いた
そんなとき、休学して政治の世界に飛び込むことにした。インターンシップなどという制度がない時代だ。若さと勢いだけを武器に、国会議員の事務所の門を叩いた。書生にしてくれ、と。
しばらく私設秘書として国会事務所で働かせてもらった。とても厳しかったが、得難い経験だった。そのまま残るという選択肢もあったが、そんな時、大先輩に一言いただいた。
「お前のような何にも知らないボンボンが議員になったら有権者は迷惑だ!社会に出てしっかり揉まれてこい。それでもやりたいと思ったら帰ってくればいい。」
愛のある厳しい言葉だった。そのとおりだと思った。事務所を辞めて就活を再開することにした。
銀行、コンサル、マスコミ、外資系。当時の流行りの仕事を回った。でもやはり身が入らない。
どこか違うという感覚が、ずっと消えなかった。この違和感があると、私は動けない。本当にやりたいことでないと、嘘をついてまで就職できなかった。
最終面接まで進んで「やっぱやめます」と言ってしまったこともある。我ながら、なかなかの問題児だ 笑。
■ テレビの前で、人生が決まった
そんなある日、テレビをぼんやり見ていた。
緊急速報が流れた。アメリカで飛行機がビルに突っ込んでいた。2001年9月11日。同時多発テロだった。
ハッピーミレニアムと浮かれていた世界に、突然衝撃が走った瞬間だった。世界が変わると思った。
そして画面の中には、仲間や市民を助けるため、今にも崩れそうなビルへ駆け込んでいく消防士たちの姿があった。
その姿を見た瞬間、心が震えた。「これだ」と思った。
結果として、このテロで多くの消防士が命を落とされた。
でも、自分はこれがやりたいと強く感じた。アメリカ留学中に阪神淡路大震災が起きて、何もできなかったあの日の後悔が、一気に蘇ってきた。
あのとき感じた無力感を、もう繰り返したくなかった。
■ 何の迷いもなかった
消防の面接と、新聞社の面接が同じ日になった。
現場主義の自分には、新聞記者という選択肢もあった。でも当日の朝、迷いは何一つなかった。
消防の面接に向かった。スッと決まった感覚があった。ハマるとはこういうことか、と思った。
自分の直感は、今でも正しかったと思っている。
■ 中学生のみなさんへ
やりたいことが見つからない。何をすればいいかわからない。そんな時期が私にも長くあった。
外交官試験に失敗して、就職活動も身が入らなくて、最終面接で「やっぱやめます」と言ってしまう迷走期間が何年もあった。
もし今、君にまだ「これだ」が見つかっていなくても、焦らなくていい。
あの遠回りがあったから今がある。そう思える日が来る。私自身、遠回りばかりだったが、その時々でできる限り全力を尽くしてきた。だからこそ、後悔もないし、そう思える。
大事なのは、「違うな」という感覚に嘘をつかないこと。迷ったなら自分の想いに正直であれ。中途半端な「違うな」ではなく、本気の「違うな」に対してだ。
そしてもし今、心のどこかで少しでも気になっていること、震えるものがあるなら。今日、それについて少し思いを巡らせてほしい。
自分のまっすぐな想いに目を逸らすことなく、向き合ってほしい。そこに君の未来があるかもしれないから。
魂が震える瞬間は、待っているだけでは来ない。自分の想いにまっすぐ向き合った先に、ふいにやってくる。私はテレビの前で、その瞬間を迎えた。
君だけの「これだ」と思える瞬間は、まだ誰も知らない場所で君を待っている。私はそう信じています。
もちろん、その瞬間に出会えたら終わりではありません。そこから人一倍努力すること。その覚悟があって初めて、夢は現実になります。
※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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