突然ですが、塾長はずっと前にSNSをほぼやめました。
今でもアカウントは残っていますが、年に1回、誕生日のときに登場するぐらいです 笑。
◇
■やめる前は、SNSに振り回されていた
やめる前は、仕事でもプライベートでもなんとなく義務感でやっていました。
「発信しなければ、存在しないのと同じ」
そんなふうに思い込んで、中身のないキラキラした日常を無理に演じてみたり。
他人の「大成功!」という投稿を見ては、焦ったり、落ち込んだり。
閲覧数が少ないだけで、一日中どんよりした気分になることもありました。
今思えば、まさに自分の人生をSNSに振り回されていたんですね😅。
めんどくさいけど記事を投稿する。
「いいね」を押す。
「いいね」を気にする。
また投稿する。
そんなことを繰り返していました。
あるとき、ふと、
「……なんか、しんどいなあ」
と思ったんです。
そして、記事の投稿もSNSの閲覧もパッタリとしなくなりました。
すると、まず時間が増えました。
SNSのために使っていた30分、1時間が、別のことに使えるようになった。
そして何より、気持ちが楽になりました。
「いいねが欲しい」
「投稿しなければ」
そんな気持ちから解放されたんです。
しかも、SNSをやめても、特に困ることがありませんでした。
「何を今まで、あんなに必死になっていたんだろう……」
そんな感じです😊。
◇
■SNSに見えているものが、すべてではない
SNSを見ていると、華やかな人たちの活躍ばかりが目に入ります。
同級生や同世代の人たちが、楽しそうに旅行している。
仕事で成功している。
毎日充実している。
そんな投稿を見ていると、自分と比べてしまうことがあります。
大人でもそうなのですから、中学生ならなおさらです。
でも、少し考えてみてください。
SNSに投稿されているのは、その人の人生の一部分です。
楽しかった出来事や、うまくいったことは投稿されても、その裏側にある苦労や失敗、悩みまでは、なかなか見えてきません。
だから、SNSに映っている誰かと、自分の現実を比べる必要なんてないんです。
「人は人、自分は自分」。
これは、けっこう大事なことだと思います。
◇
■塾の現場でも感じること
塾でも、スマホが気になって勉強に集中できない生徒を以前は見かけました。
授業中にチラチラ画面を確認したり、トイレにまでスマホを持っていったり😅。
最近は、そういう姿も以前ほど見なくなりました。
ただ、スマホそのものが悪いわけではありません。
問題は、自分ではやめようと思っているのに、つい見てしまう状態です。
勉強をしようと思っているのにSNSを開いてしまう。
5分だけのつもりが、気づいたら30分経っている。
こうなると、勉強に使える時間も集中する時間も減ってしまいます。
◇
■スマホは道具。人生の主役はあなた
一度、自分のスマホの「スクリーンタイム」を確認してみてください。
SNSや動画などに、1日どれくらいの時間を使っているでしょうか。
もちろん、SNSを見ること自体を否定したいわけではありません。
楽しいし、友達とのコミュニケーションにも使えます。
でも、その時間を少しだけ読書や勉強、趣味、スポーツ、家族との時間に変えてみたらどうでしょう。
意外と、できることはたくさんあるかもしれません。
スマホは便利な道具です。
でも、あくまで道具。
人生の主役は、スマホではなく自分自身です。
SNSが必要になったら、また始めればいい。
塾長のように、年1回でもいいんです😆。
◇
■中学生のみなさんへ
というわけで、ちょっと実験してみませんか?
今日から1週間だけ。
SNSのアプリを「見えないフォルダの奥深く」に封印する。
あるいは、思い切ってアンインストールしてみる。
最初は、つい開きたくなるかもしれません😆。
でも、その時間に何をするかは、自分で決められます。
本を読む。
勉強する。
外で遊ぶ。
音楽を聴く。
家族と話す。
ぼーっとする。
何もしないのだって、たまにはいい。
大切なのは、SNSに時間を奪われるのではなく、自分で時間の使い方を選ぶことです。
塾長はSNSをやめてみて、ずいぶん気が楽になりました。
君も一度、自分にとってSNSが本当に必要なのか、考えてみてもいいかもしれません。
みんながやっていて、自分だけやめるのは不安。
そんな理由で、やめられないのかもしれません。
けど、自分の大切な時間についても、一度ゆっくり考えてみませんか?
そして、もし1週間の「SNSお休み」に挑戦したら……。
そのとき、どんな気持ちになったか。
どんなことに時間を使ったか。
ぜひ、自分自身で振り返ってみてください😆。
スマホに振り回される側ではなく、使う側になろう。
◇
※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「ちょっとやってみようかな」
そんな気持ちになった人が一人でもいたら、この「みとばな」を書いた意味があったと思っています。もし誰かの背中を押せそうなら、ぜひ届けてあげてください😊

