カンボジアの街を歩いていると、たくさんの見知らぬ人が笑顔で手を振ってくれた。
善良で、温かい人たちだと思った。
そんなある日、物売りの女の子に話しかけられた。
「どこから来たの?」
興味深そうに、笑顔で話しかけてくれた。可愛らしい女の子だった。
子どもだと思っていた。でもどこか大人びた話し方だった。
先輩と3人でしばらく話した後、失礼ながら年齢を聞いてみた。
17歳だった。
驚いた。
どう見ても10歳前後にしか見えなかった。
聞くと、当時のカンボジアでは、栄養状態などの影響で、年齢相応の身体的成長をしていない子どもたちもいたという。
あの笑顔の裏側に、そんな現実があった。
カンボジアという国を、初めてリアルに感じた瞬間だった。
◇
■ 骸骨(がいこつ)が積み上げられていた
街の人々の笑顔が印象的だったからこそ、チュンエク虐殺センターを訪れたときの衝撃は大きかった。
いわゆる「キリング・フィールド」と呼ばれる場所の一つだ。
ポル・ポト政権は1975年から1979年までの約4年間、極端な農業中心社会を目指し、国民を強制労働に従事させた。飢餓や病気、拷問、処刑などによって、約200万人もの人々が命を落としたとされている。
チュンエクでは、処刑された人々の遺骨が発見され、現在は慰霊施設として保存されている。慰霊塔には犠牲者の頭蓋骨も納められている。
そこで見た光景が忘れられない。
骸骨が大量に積み上げられていた。
重い気持ちになった。
言葉が出なかった。
あの笑顔で手を振ってくれた人たちと、同じ国の話なのだ。
◇
■ 「自分だけが正しい」が生むもの
疑問が頭から離れなかった。
なぜ、こんなことが起きたのか。
善良な人たちが暮らすこの国で、なぜ同じ国の人たちが、ここまで残酷(ざんこく)なことをできたのか。
もちろん、歴史には政治的・社会的なさまざまな背景があります。
でも、その中で私が強く感じたのは、
「自分の信じることだけが正しい」
と思い込んでしまうことの怖さだった。
自分と違う考えを持つ人を認めない。
異なる意見に耳を貸さない。
「自分たちだけが正しい」と思い込んでしまう。
そんな小さな思い込みが積み重なった先に、とても大きな悲劇が起こることがある。
それは、カンボジアだけの話ではない。
人類の歴史を振り返れば、同じようなことは何度も繰り返されています。
だからこそ、
「自分の考えていることが、この世のすべてではない」
と知っておくことが大切なのだと思う。
自分とは違う意見にも、まずは耳を傾けてみる。
それが、平和への小さな一歩なのかもしれない。
あの博物館は、そのことを静かに、しかし強烈に教えてくれた。
◇
■ 中学生のみなさんへ
歴史を学ぶとき、年号や人物名を覚えることだけが目的ではないと思っています。
「なぜ、こんなことが起きたのか」
「同じことを繰り返さないためには、どうすればいいのか」
そこまで考えてみることが、歴史を学ぶ大きな意味の一つではないでしょうか。
自分と違う考えを持つ人の話を聞いてみる。
「本当にそうなのかな?」と、一度立ち止まって考えてみる。
それだけでもいい。
善良な人たちの笑顔と、積み上げられた骸骨。
その両方を見たカンボジアの旅が、塾長にそのことを教えてくれました。
歴史を知ることは、過去を覚えることだけではない。
これからをどう生きるかを考えることなのかもしれません。
※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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